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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「お酌いたします、お過ごしなさいませ」
と、武骨につき出す。
「へ……へい」
「無礼講じゃ」
と、御隠家様のお声がかかる。
「無礼講だそうですよ」
と、次郎がことばの取次をしていう。
「では……」と、それから始まって、神楽師も飲む、郷士たちも飲む、久米之丞も飲む。
御隠家様の千蛾老も、今夜はだいぶ過ごされている様子。
「どうじゃ月江、熱海もよかろうが、自分の家もよいであろうが」
月江は何か浮かない顔色で、
「お祖父様、私はほんとに病気があるのでしょうか」
「何をいう」
「だって……」
「ばかな事を。お前のような、艶々した顔色の者がなんで……は、は、は」
陶然と、今度は、反対な方を向いて、
「久米之丞。酌」
と、杯を重ねます。
その間に老人の目が、チラと何か意味あるようにうごきますと、久米之丞は辺りのザワめきに紛れて、そッと席から姿を消して行く。
それをまた、強いて紛らわそうとするものの如く、千蛾老人は頻りと自分から賑やかになって、
「おお、それよ、阿佐ヶ谷村の者達。ただ騒然と飲んでおッても面白うない。何かさかなをせい」
「へい」
と、連中一度に返辞をして、
「なんぞ、御所望が?」