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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「手前が座頭の染之助でございますが……」
「太夫元の長吉もこれへ出い!」
「ええ、その太夫元というのは名前だけで、一座と一緒に歩いているわけではございません。御覧の通りな、頭数の少ない一座、手前が名前人やら奥役やら座頭やら、すべてを兼ねてやっておりますので」
「しからば申し聞かすが、今夜、その方たちの小屋より失火を出しておりながら、お上のお許しもまたず逃亡せんとするは不届き至極な奴、一座の重立った者三、四名、天領御役所まで引ッ立てるから左様心得ろッ。いや、言い訳ならん、ならん! 立てッ」
と、郡代同心が、いかにも田舎役人らしい権柄で顎をすくう。
待ちかまえていた手先は、有無をいわさず、座頭の染之助、中軸の市川姉蔵、女形の袖崎市弥の三名をねじおさえて、数珠つなぎに引ッくくる。
その間に、ふと、ぬれ鼠になって倒れているお粂に目をつけた同心は、胡散くさそうに顔をのぞき込んで、
「この女は何者じゃ」
と、染之助に問いつめて来ました。
「……ええ、そのお方は、一座の者ではございません故、どうかこの事にはお見逃しの程を」
「だまれ、何者かとたずねるのじゃ」
「江戸表におりました頃、度々、御贔屓になりましたお客筋で、芝居の方とは、何の関わりもないお方でございます」