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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「あら、何をするの、くすぐッたい!」

縁の隅に身を退くなり、爛としたひとみを伏せた般若の顔――その仮面の裏が、クスクス笑いました。

口程にもない悪玉三人、何に胆をつぶしたか、道もえらまず千魂塚から裏谷の沢へと、岩ころが落ちて来るように逃げ出して来ました。

信玄沢の裾の河原に、自然木で組んだ形ばかりの山小屋がある。

誰がつけたかこの山では、その建物を下頭小屋と称しています。――昔この街道に隠徳のある乞食があって、往来の旅人に下頭して得た生涯の稼ぎ銭をつみ、その死する時に、この小仏に旅人の安息場となる共同小屋を建ててくれと遺言して死んだその遺物だそうであります。

で――今ではその下頭小屋が、乞食の願望どおり小仏唯一の燈火となって、夜は迷える人を容れ、昼は土地の者や旅人の湯飲み場となり、にわかの嵐の場合、行き暮れた霧の深い夕方など、幾多の人を救っているかわかりません。

下頭の光また偉大なるかなです。

けれど善根のものもこの娑婆では、どこまでいい事にばかりは使われません。時には、その下頭小屋に、胡麻の蠅が手枕で宿をかり、悪玉どもがよからぬ相談の車座で占めることも、まことにやむを得ないわけです。