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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
ここも、前の道と変わらない嶮しさです。
しかし、降りても降りても羊腸として尽きないところは、さっきの行き止まりと違って、こんどこそ見込みがある。
「おう、だいぶ谷間らしくなって来たな」
と、日本左衛門は笠を上げて、紺碧な空を井戸の底からのぞくように見上げました。
「水音が近いぜ」
「星影川だ」
「ううム、さすがに此処まで来るとゾッとするように涼しい……。お、兄弟、河があった、河が……」
「は、は、は、は。おめえのような悪党も、こういう所を迷い歩くと、子供みてえになるから可笑しい」
「なぜ?」
「何も、河があったッて、そう珍しいことじゃあるめえ」
笑いながらその渓流の水層岩に身を立てた時、初めて、小仏全山の緑翠をかしらにあつめ、涼風冠としていただいたかの如き清澄さをおぼえました。
「さあて、これからまた、今度はこの上流へ七、八町逆もどりだな」
「そうだ。しかし、帯はすぐ見つかるだろう」
「やはり、ああしておいてよかったな」
「や、兄貴!」
「なんだ」
「だれか向う岸へ来る様子じゃねえか」
と、金右衛門が小腰をかがめて、渓流の対岸に見える檜の蔭を透かすように指さします、
ここに道がある以上、ここを通る人のあることも当然ですが、暗緑な谷の檜林のなかに、それが、あざやかに白い人影なので彼がたれか来ると、指さしたのは、すでに、何者だろう