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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

それに気がついて、彼が川べりを数十歩のぼって行って見ますと、一叢の石楠花のかげに、下げ髪の若い娘が、岩角から身をかがませて、澄んだ流れの水をすすろうとしていました。

何よりも真ッ先に、日本左衛門の眼に映ったのは、娘のしめているその帯で、

(おう月江だな。運よく助かったものとみえる)

と思いながら、つかつかと歩み寄って、彼女の帯ぎわを後ろから抑えてやりながら、

「お女中、あぶないぞ」

と、ことばをかけました。

不意に自分の帯をつかんだ者があるので、月江はハッと驚いた様子です。

「さ、わしが抑えていれば大丈大、さぞ苦しかろう、早く水を飲まッしゃい」

未知の人の好意を喜んで、月江は目にその礼をいいながら、白い頸をのばして、ゴックリと一口冷めたい天泉をのどに通しました。

まだ打身の痛みはありますが、一口の冷水に、気だけはハッキリと甦ったので、

「どなたですか、御親切さまに、有難うぞんじました」

岩にすがって、石楠花のなかに、立ちますと、そのおぼつかない足元をささえて、

「無理をなすってはいけない、さ、わしの肩につかまるがいい」

「でも……」

「なあに、御遠慮はいらぬ」