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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
そこへ先生金右衛門も来て、左右から彼女の歩行を助けながら、
「何しろ、この谷底ではどうするすべもないから、中の峠の甘酒茶屋まで、少しの間御辛抱なさるがいい」
「まことに、お世話をかけて済みませぬ。して、失礼でございますが、あなた方は、ここをお通りがかりの人でございますか」
「ここは、街道を外れている星影の谷間、通る道ではないが、そなたの難儀を遙かに見て、安否を見に降りて来たのじゃ」
「では、あの私の連れは?」
「関久米之丞というやつか。あれの死骸も、たぶんそこらの谷間に引ッ懸っているはず」
「えっ」
彼女は、自分をささえてくれている人の裾に、血汐らしい汚染が点々とあるのに気づいて、初めてこの二人に疑惑を持ちましたが、今さら、その好意にまかせた腕を振り払うこともならず、ひそかに油断のない気構えを持ちながら、陽も心細くうすずく彼方の中の峠の茶屋を目あてに、たどたどと不安な足を運ぶのであります。
* * *
「おばさん、水を一杯飲ませてくンないか」
ちょうど、同じ日の午少し過ぎ。
たッた一杯四文の甘酒の茶屋へ、その甘酒を注文せずに、いきなり水を一杯くれといって飛びこんだ小僧があります。