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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「水かい?」

と、其店の婆さんもぞんざいなもので、

「水なら懸樋から流れているだろう、いくらでも飲むがいいよ」

「オオ冷めてえ! お婆さん、うまいなアこの水は」

「うちの甘酒はもっと美味い、小仏の名物、一杯あがらッしゃい」

「飲みてえな、甘酒を」

「ついでやろうか」

「いいよ、おれは一文もおあしを持っていないもの」

「なんだ、おめえは、銭なしで旅をしているのか」

「連れの人にはぐれたので、まだ午飯も食べることが出来ないのさ。……弱ったなあ、何処で道をちがえてしまったンだろう? ……もしやお婆さんは、おいらの連れを見かけなかったかい」

「どんな人?」

「偉い人だ」

「ただ偉い人だけじゃわからない。町人かね、それとも、お侍かね」

「一人は町人で、一人はお侍様でおいらが宿屋へ忘れ物を取りに返っているうちに、何処かへはぐれてしまったのさ」

「はアてね……今日はずいぶん人が通ったからなあ? ……」

「困ったなあ、おいらは、その人に会えないと、また今夜も御飯を食べることが出来ない」

と、さも落胆したように、杖にしている野槍をもって、しきりと腹の虫を悶えさせる甘酒の釜の前に、どっかり腰をおろしました。