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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「そうか、面食らわせてやろうと存じて、不意に甲府に来てしまったのじゃ、はははは、だいぶ探し廻ったとみえるな」
「どうも若様はお人がわるい。しかし、ゆうべは何処へお泊りでしたか」
「ゆうべの宿屋か、ゆうべの宿は至極上乗であった。なかなかもてなしもよく、構えも大きい」
「柳町筋でございますか」
「なあに、あれに見える――」と、濠を越した彼方に摩天楼のごとくそびえている甲府城の本丸を指さして、
「柳沢屋というてな、あそこの本丸に一晩世話になって、その上、肌着小袖、そのほか当座の小遣まで茶代に申しうけてまいった」
「えっ、それじゃ柳沢様のお城へお泊りなすッたので」
「はははは、不意にたずねてまいったので、柳沢の吉保父子、何事かと驚きおって、昨夜は下へもおかぬもてなしじゃ」
「その上、茶代を取ってくるなンて、ひどいお客様もあったもんですね」
「だが、やはり世界は下世話が面白い。あんな石垣や城壁でかためた宿屋には、滅多に泊るものじゃない。……ところで釘勘、今日はぜひともお蝶を探し出さねばならぬ、そちも懸命に腕を貸してくれ」
「お頼みまでもないことです。しかし、それにばかり気をとられていると、うしろがあぶのうございますぜ」