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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
お粂が考えこんでいる様子に、九兵衛はことばに熱を加えて。
「どうだな、粂吉さん」
「さあ? ……」
「いやといわれると面目ない。実のところ白状すると、ゆうべも、おとといも、先の晩も、お前さんの舞台姿に、どうもわしも迷わされて、一度は人を頼んでも、ぜひ相談を持ちかけてみるつもりでいたくらいなのだから――これを断わられると、わしも、がっかりせずにはおられませんので」
年寄の恋にことよせて、うつ向いて見せた秦野屋九兵衛は、なんと出るか、鋭い上目づかいに、お粂の返辞を待ちかまえているふうです。
あくまで金持ちの甲斐絹屋、自分の舞台姿に贔屓をよせた好色な老人と思いこませて、とうとう九兵衛の策は、お粂に対して成功しました。
「じゃ、承知してくれるというのかい」
「こんなあばずれでも、世話して下さるおつもりなら……」
お粂の考えとしては、無論一時の方便でしょうが、また、当座の身の落着きを、どこへというあてもない体。
生きてさえいれば、そのうちには、金吾に会えもしよう。
まだその深い未練から離れません。
彼女は、きのうの魔薬が薄かったために、金吾の眠りがすぐにさめて、姿を消したものとばかり思いこんでいました。