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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
おめえの心も察しるが、金吾様の――侍というもののさ、苦しい立場も考えなくちゃいけねえ。それに、たとえおめえが助かったにしても、いつか一度は、日本左衛門が無事に見ているはずがない。きっとおめえは殺される。金吾様に殺されなければ、日本左衛門かその手下の者に闇打ちされるにきまっている体だ。――どっちがいい? え? どっちが自分の本望だか、こいつあ、考えてみるまでもねえじゃねえか」
と、九兵衛が彼女のそばにしゃがみ込むと、それにも返辞はなくて、ただ草のなかに顔を埋めたお粂の白い手足が、わなわなと指先にまで痙攣を起こしてきています。
「おや?」
びっくりした九兵衛が、お粂のからだを抱きおこしてみますと、その硬ばった手のひらのうちに一個の小さな紫色の壜を握って、顔は、なんともいえない白さを増し、スヤスヤと寝息のような呼吸をかぞえるにつれて、そのうつつなひとみも、黒い睫にふさがれてゆきます。
抱き起してみた途端に、ぐッたりとしたお粂の襟元から、つーん……と異様なにおいが鼻をついて来ましたので、
「あっ、魔薬」
と、九兵衛はあわてて、自分の顔半分を袖口で掩いかくすことを忘れませんでした。