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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

もう、なつかしい高麗村はすぐそこです。

今夜、月江は八王子の宿に泊って、あしたの朝早く、馬を雇って武蔵野を横切ろうといったのですが、次郎が、

「いいえお嬢様、夜の旅もいいものですよ。秋の晩はなおいいものでございますよ。高麗村だって、もう半夜も歩けば行き着くじゃございませんか。歩きましょうよ。歩きましょうよ、ここまで来て一晩泊るなんてばかばかしい。それに、決して道に迷うことはありゃしません、武蔵野といえば次郎の巣のようなものですからね」

強ってそういうものですから、彼の意にまかせて、宿をとる時刻の千人町を通り越して来ました。

そして、一歩武蔵野へはいると、秋草のしおらしさ、虫の音のおもしろさ、足のつかれも、たそがれのさびしさも忘れるほどですから、次郎の言に従って来て決して後悔がありません。

「ほんとに、夜の旅もおもしろいね」

次郎の背なかにおぶさりながら、月江がこういって興がりました。

彼は、その月江を背におぶって、熊川の浅瀬をえらびながら、

「昼間だったら、いくら人がいない所でも、きまりが悪くって、こんなことはできやしないでしょう」

と、ザブ、ザブと清冽へ足を入れて行きます。