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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「だが、あっしは、金をくれて買うなんて夢にも思っていなかった。すると親分が百両くらいなお入用なら引取っておあげしろと、飛んだ小間物屋の旦那口調で、惜しいやね、五十両の封金二ツ、あんな小娘にくれてしまうなんて……、よっぽど、新助の方が貰いとうございましたぜ」
相手にする値うちもないように、浪人の男は、珊瑚を袱紗にくるむ、前差をギッとたばさむ、長い蝋色鞘を左にさげる。
そして、腰をのばして、
「どれ……」と立ち上がったかと思うと、新助に袱紗を預け、あとの戸締りをいいつけて、ノシリと裏口へ出てゆく様子なので、
「あっ、親分」
もう戸が開いています。
世間とはツツ抜けなのに、そのばかな声を、
「しッ!」
と、睨み返されたのは、さもあるはずでしたが、それにしても一瞬浪人の白眼が、あまりといえば凄い目であった。
「オオ、笠……」
出してくれ、と戸の外から手をのばす。
降るのは星ですが、しら浪の面かくし、ぜひ忘れてはならない品物でしょう。
新助、今のにコリているので、今度は返事も喉で殺し、だまって押入れから編笠を取って渡しましたが、幸い、裏は紺屋の干場つづき、さっきのウカツな声とても、近所へまで聞かれたとは思われません。