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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「はてな? ……」

と、急がしい目くばり、白壁にさした人影をあたりに探し求めている。

見るとそれは、夕刻、今井二官と少し話して帰った、山屋敷常詰の同心河合伝八。

ふと、蔵の戸前をふり仰いで、そこの鉄錠がはずされているのを見つけるや否、

「おおっ!」

かれは、仰けぞるばかりに仰天して、なんの躊躇いもなく、六尺棒を小脇にしたまま、正面六、七段の石だんを、トン、トン、トンと勢いよく馳け上がってゆきましたが――それとほとんど同時に、目の前の大戸が、あたかも雷車の如き音を立って、グワラッグワラッグワラッと一気に押ッ開かれたのです。

そして。

洞然とした暗やみの口はシンとして静かでありながら、同心河合伝八は、脳天に浴びた朱の血を抑えながら、身を弓なりに反らして仰向けざまに、デンと、石段の下へ落ちてきました。

もう――と霧に立って、あたりへ降ってきた細かい血汐の粒にお蝶は肩をすくめて、

「あっ……」

歯の根をかみながら、口を破ッて出そうな驚きを、ジッと袖口でおさえました。

今。

蔵の錠前がはずれているのを見て、いきなり馳け上がって行った同心河合伝八が、そこの大戸があくよと見るまに、真っ向から唐竹に割りつけられて、満顔紅に染みた姿を下へ落としてきた意外な惨状は、同じように、石垣のわきに身をひそめていた龍平の眼にもありありと