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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

映じたでありましょう。

下へ落ちた伝八は、ただ一刀に絶命して、

「ウームッ……」

と枯れ草の根をつかみ、滅前の一燦ともいうべき断末苦を、ピクリ、ピクリ、と四肢の先に脈うたせているばかり、

ですが。

お蝶にも龍平にも、どうして、誰に、伝八がかく斬りさげられたのか殆ど前後が分らない。

こんな一瞬の気もちを夢中というだけで片づけるには、あまりに当人たちの心理が複雑でありましょう――言いようのない恐怖、疑惑、戦慄、さまざまな錯倒を胸に描いて、なお怖いもの見たさの目が無意識に、真っ黒な口をあいた蔵の戸前へつり上がッている。

逃げるにも逃げられる場合ではなし、その気力もあり得ようはずはなく、疑惑とおののきを歯の根にかみしめて、虫のごとく、

「? ……」

ただジッと、息をころしているほかにない男女。

すると、静かな空気のまま。

魔法をもって吹き出された人間のごとく、蔵の中からのッそりと足をふみ出したのは雲つくばかりな大男――、栗色の衣類に野袴をうがち、肩のあたりまでふッさりと総髪の毛先を垂れた中年頑骨の武士、これ、暗中にその声のみしていた、抜け買い派の頭領先生金右衛門です。