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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「あっ、開いておる! 開いておるぞ、ここの杉戸が!」と、金吾を振顧って、事こそあれと叫んだものです。

さては、と金吾も胸のとどろきを覚えました。しかし、万太郎についてそこの異変を検めにゆくのはよいが、その間に、この辺でたしかに見かけた曲者に、逃げる機会を与えてはならない。

「金吾! ……金吾」

と奥ではしきりと万太郎の呼ぶ声がして来ますが、彼は、そう考えて、断じてそこをうごかずにいます。

そして――なおも油断のない目で、中廊下の曲り角から、そこの天井をズウと見上げていますと、覆面をしたひとりの男が、片手を欄間にかけ、片手を柱にグッと伸ばして、あたかも、蜘蛛のようにペタリと体を貼りつけたまま、鴨居の上から、自分をじいっと見おろしているのでした。

梁上の曲者に気がついて、金吾があっとおどろいた途端に、彼の肩先を鴨居の上からぽんと蹴った相手は、軽いからだにその弾力を加えて、ひらりと廊下の向うへ飛び降りました。

そのすばやい踵を肩に与えられて、うしろへよろめいた金吾は、咄嗟に向うへ跳んだ曲者の影をみとめるなり、あまりな意外さに度胆を抜かれた形でした。

それこそ、自分たちが、秩父の神楽堂の下から双子の高原まで追いつめて行って、遂に迫ることのできなかった日本左衛門ではないか。