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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

といったような土地自慢は、その国へ足を入れると必ず聞かされるところであるが、変なてめえ自慢から比べればよほど耳ざわりがよいし、また見物の参考にもなるので、今も、桑名の城下から垂坂山へかかって来る道中馬の上にある旅人は、

「なるほど、なるほど」

と、馬子のそうしたお国ばなしをあえて遮らずに、頷いて聞いていた。

時は十二月の中旬で、伊勢は暖いにしても、那古の浦からこの峠へくる風は相当に肌寒いが、駄賃馬に乗っている客は、奈良晒のじゅばんに袷一重、その上に袖無羽織をかけてはいるが、怖ろしく薄着であるし、うす汚い。

笠をかぶる必要もないほど陽焦けのしている真ッ黒顔に、これもまた、往来へ捨てても拾い人がありそうもない古笠をかぶっているのだ。髪は幾日洗わないのか鳥の巣みたいにもじゃもじゃしていて、ただ束ねてあるというだけに過ぎない。

(駄賃がもらえるかしらて?)

と馬子は内心で、心配しながら乗せた客だった。それに行く先がちと辺鄙な、帰り客のきかない山間ではあるし……と。

「旦那」

「む? ……」

「四日市で早めの午、亀山で夕方、あれから雲林院村へ行くと、もうとっぷり夜になりますだが」