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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
公開状
一
「ご一緒に行った小次郎殿は?」
「後から帰るだろう」
「野駈けのうちに、迷れておしまいになったので」
「ひとを待たせておいて、いつまでも戻って来ぬゆえ、わし一人で、先へ帰って来たまでのことだ」
衣服をかえて、清十郎は居間へ坐った。
その居間の中庭を隔てて宏大な道場はあった。年暮の二十五日を稽古仕舞として、春の道場開きまで、そこは閉っていた。
千人ぢかい門人が、年中、出入りしている道場なので、そこに木剣のひびきがきこえないと、急に空家になったような感じだった。
「まだ帰らんか」
清十郎は幾度も、居間の中から門人へたずねた。
「まだお帰りになりませぬが」
小次郎が戻って見えたら、きょうは彼を稽古台として、またやがて出会う武蔵とも見做して、みっちり鍛錬しておこう。――そう考えて、清十郎は待っていたが、夕方になっても、夜になっても、遂に小次郎は姿を見せなかった。
翌る日も帰らない。
年暮の日は、最後まで押しつまって来た。今年も、きょう一日しかないという大晦日の昼。
「どうしてくれるんだ」
吉岡家の表部屋へは、掛取が市をなして、押しかけていた。頭のひくい町人が、堪忍をやぶって、呶鳴っているのである。