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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

怨敵

一

それも知らいで、撲ったり蹴ったりは何事じゃ、このあわて者めが!」

怨敵

一

町中の森である。おぼろに常夜燈がまたたいていた。

「こう来やい」

お杉隠居は、又八の襟がみを抓んで、往来からそこの境内まで引きずって来た。

婆の権まくに驚いたとみえ、弥次馬はもう尾いて来ない。殿として、鳥居の下で見張っていた権叔父も、やがて後から来て、

「婆、もう折檻はせぬものだぞ。又八とて、もう子どもではなし」

母子の手と襟がみを、もぎ離そうとすると、

「何をいうぞい」

隠居は、権叔父を、肱で突き退けて、

「わしが子を、わしが折檻するに差し出口など、要らぬお世話、おぬしは黙っていやい。――こ、これっ、又八っ」

泣いて欣んでもいい場合を、この婆は憤怒して、わが子の襟がみを、大地へ小突き廻している。

老人になれば誰も単純で気短かになるという。今の場合の複雑な感情は余りにも枯渇した血には強烈すぎたのであろう。泣いているのか、怒っているのか、狂喜の変態なあらわれか。

「親のすがたを見て、逃げ出すとはなんの芸じゃ。汝は、木の股から生れくさったか、わしが子ではなかったかよ。――こ、これッ、ここな呆ぼけ者奴が」