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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
十一
十一
その後は何事もなかった夜のように、この家の中は、人の寝息と、野鼠の歯の音がどこかでするだけであった。
時折、まだ寝つかないらしい乳呑み子が、奥でクスクスむずかっていたが、それもいつか、寝ぐさい闇が暖まるに従って、やんでしまう。
すると。
台所と仕事場との土間つづきの隅に、薪が積んであって、そのわきには土泥竈があり、荒壁には、蓑や笠などがかけてあったが――その壁に寄った泥竈の蔭から、ごそりと蓑がうごいた。
蓑はひとりでに持ち上がってゆくように、元の釘へもどって壁にかけられ、その壁の中から煙のように出て来たかとも思える人影が、ぬっと立った。
武蔵なのである。
彼は、この家から外へ、一足も出ていなかった。
先刻、寝床を抜け出すとすぐ、そこの雨戸を開けておいてから、蓑をかぶって、薪と一緒に身を伏せていたのである。
「…………」
彼は土間を歩み出した。宍戸梅軒の寝息は天国を遊んでいた。梅軒はまた、鼻に病があるとみえて、その鼾声も凡ならぬものだった。――武蔵はすこしおかしくなったとみえ、闇の中で思わず苦笑をゆがめる。
「…………」
さて――と武蔵はその鼾声を聞きながら一考してみるのだった。