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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

二

お甲が何かいうと、

「ばかっ」

と、ものをいわせない。

彼をして、こう立腹させた原因は、お甲が告げた新しい事情にも因づくが、すでに船の中からもやもやしていた鬱憤が、あわせて今、爆発したことは否めない。

「おれは、一人で泊るっ。駕なんか追ッ返せ。なんだ。人の気も知らないで、ばかっ、ばかっ!」

と、袂を払う。

河の前の雑魚市場は、みな戸が閉まって、魚の鱗が、貝をちらしたように、暗い長屋の戸に光っていた。

そこまで来ると、人影も少なくなったので、お甲は、藤次に抱きついた。

「およしなさい、見ッともない」

「離せっ」

「一人で泊ったら、あっちが変なものになりますよ」

「どうにでもなれっ」

「そんなこといわないで」

白粉と髪の香の、冷たい頬が、藤次の頬へ貼りついた。藤次はやや旅の孤独から甦った。

「……ネ、頼みますから」

「がっかりした」

「そうでしょう、だけど、二人にはまたいい機があるでしょう」

「おれは、せめて大坂で二、三日は二人ぎりと、楽しみにして着いたのだ」

「分ってますよ」

「わかっているなら、なぜ他の者を引ッ張って来たのだ。俺が思っているほど、おまえは俺を思っていないからだろう」