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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

八

八

どうしたのか、赤壁八十馬は、その日、姿を見せなかった。

次の日。

「何かの都合だろう」

又八は、こう善意に解釈して、れいの野天の酒売りの床几で、

「きょうは」

と、正直に空地の人混みを見廻していたが、その日も遂に八十馬の姿を見ずに暮れてしまった。

少し、てれて、

「おやじ、また来たぞ」

三日目である。こういって、床几に腰をすえると、酒売りのおやじが、毎日の彼の挙動をひそかに怪しんでいたとみえ、一体、誰を待つのかと訊ねるので、実は云々な仔細で、いつぞやここで知己になった赤壁という牢人と落合う約束になっているのだが――と語ると、

「え? あの男に」

おやじは呆れたような口吻で、

「では、仕官の口を周旋してやるからといって、あいつ奴に、金を取られたので」

「取られたわけではない。わしから依頼して、薄田殿へわたす口入れ金を預けておいたのだが、その返辞がはやく知りたいので、毎日待っているわけだが」

「おやおや、おまえ様は」

おやじは、気の毒そうに、又八の顔をながめて、

「百年待っていても、あの男が来るはずはありませぬ」

「げっ。――ど、どうして」

「彼奴は、名うてな悪で、この空地には、ああいうガチャ蠅がたくさんおりましてな、少し甘い顔と見れば、すぐたかって来るのでございます。