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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

九

独り語をもらしながら坂の下から駈け上がって来た。耳にとめて、三名のほうは坂の途中で足をとめた。――御免といってすれちがって行く五倍子染をふりかえって、

「おいっ、渡辺の甥じゃないか。――なにが大変なのだ? なにが? ……」

九

渡辺の甥と呼ばれたところから想像すると、その五倍子染の小袖を着ている男は、この附近の伊賀谷や甲賀村で尊敬されている忍者の旧家渡辺半蔵の甥なのであろう。

「知らないのか」

と、彼がいう。

「知らぬが? ……」

と三名は寄って来る。

渡辺の甥は、指さして、

「この柑子坂の下で宮本武蔵という男が今物々しい身支度をして、太刀のさやを払い、往来に突っ立って、通行の者をいちいちすごい眼で調べている」

「えっ、武蔵が」

「おれが通るとおれの前へずかずか来て、名を訊くから、おれは伊賀者の渡辺半蔵の甥で、柘植三之丞という者だと答えると、急に詫びて、イヤ失礼いたした、鈴鹿谷の辻風黄平の手下でなければお通りくださいと落ちついていうのだ」

「ほ……」

「何かあるので? ――と、おれから今度は質問すると、されば、野洲川野武士の果てで、宍戸梅軒と化名している辻風黄平とその手下の者が、この道すじで、自分を殺害しようと企んでいることを往来の風聞によって知ったゆえ、その分なれば、むざむざ彼らの陥穽に落ちるよりも、この附近に足場を