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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

微笑

一

彼女の髪には、元日の化粧いもなかった。着物もみだれ、足も素はだしなのである。

「……あっ?」

眼をみはって、武蔵は、意味なくそう叫んだが、さて、誰なのか、覚えはあるが、急には思い出せなかった。

朱実は、そうでなかった。自分ほどではなくても、その何分の一でも、武蔵も自分を考えていてくれたことと信じている。いつの間にか、多年の間にそう自分だけで信じて来ている。

「わたしです……たけぞうさん……いいえ武蔵様」

下着の袖を裂いた紅い小布を手にしながら――怖々と寄って、

「……眼を、どうかなすったんですか。手でこすると、なお悪くするでしょう。これでお拭きなさいませ」

武蔵は黙って好意をうけた。紅い布で片眼を抑えると、また、朱実の顔をしげしげ見直した。

「お忘れですの?」

「…………」

「わたしを」

「…………」

「わたしを」

手応えのない相手の無表情な空ろへ向って、彼女の押詰めて来た切実な気持は不意なよろめきを感じた。傷だらけになった魂にも、これだけは確とつかんでいたつもりだったものも、自分だけで作っていた幻像に過ぎなかったことを、ふと覚ると、胸先へ、血のかたまりのようなものがこみ上げて来て、