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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

三

小柄を持って、その手を苫の下へさし入れた。お杉の身を縛った縄目を切ったのである。

「ええ、耳うるさい、ませた口をきく小伜わいの。要らざるおせッかいをいうよりは、婆を討つか、討たれるか、武蔵っ、はよう埒をあけい」

顔じゅうに青すじを走らせて、お杉隠居が、苫の中から首を突き出した――その時ですらすでに、武蔵のすがたは、加茂の流れを横に突っ切って、鶺鴒でもとぶように洲や石のうえを拾って、対岸の堤へ駈け上がっていたのであった。

三

お通は見なかったが、ちらと、河向うの遠い人影を、城太郎は見たのであろう。

「アッ、お師匠様だ、お師匠さまあ――」

河原へ向って、跳び下りた。

もちろんお通も。

なぜこの際、すこし廻り道になっても、五条大橋の上を駈けて行かなかったか。お通は、城太郎の勢いにつり込まれたので仕方がないにしても、城太郎が一歩を誤った禍いは、決して、この時、彼女がまたしても武蔵と行き会えなかったという遺憾ばかりには止まらない。

城太郎の元気な足の前には、河も山もあったものではないが、春の晴着を装っているお通には、すぐ眼のまえに現われた幾条もの加茂の水に、はたと困った。