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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
五
だが生憎うちの良人は旅へ出ているので、生命びろいしたようなものだげな」
と、笑っていうのであった。
五
憤っとなる気持をどうしようもない。はるばるこの山里まで鍛冶屋の女房に笑われに来たようなものである。どこの女房も亭主の社会的位置というものはみな誤認しているらしいが、この女房の如きは、自分の持ち者ほど世に偉い人はないときめているらしいから怖い。
喧嘩もできず、武蔵は、
「お留守か、それは残念な。旅へと仰っしゃったが、旅はどこまで?」
「荒木田様へ」
「荒木田様とは」
「伊勢へ来て荒木田様を知らねえでか。ホ、ホ、ホ、ホ」
とまた笑う。
乳ぶさを頬ばっていた嬰児がむずかると、女房は、土間の客などは打ち忘れたさまで、
ねんねしょうとて
ねる子はかわい
起きてなく子は
つらやな
つらやな、母なかせ
訛りのある子守歌を節さえつけて謡っている。
ふいご場に火のあるのがせめて見つけものである。誰に頼まれて来たわけでもなし、諦めるほかはないのだが、
「ご内儀、そこの壁にかけてあるのが、ご使用の鎖鎌ですか」
それを一見しておくのも後学のためであると考えて、手に取って見てもさしつかえないかというと、女房はうつらうつら手枕の居眠りと子守歌のあいだに、ふム……といってあいまいに頷く。