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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

十

ふと見ると、眼のまえの矢来に、大きな虎の絵を描いた幕が垂れていて、木戸には、鎌槍と、蛇の目の紋と旗じるしが立ててあり、空箱に乗っている町人が、しゃがれ声をふりしぼって、

「虎だ、虎だっ、千里行って、千里帰る、これは朝鮮渡りの大虎、加藤清正公が手捕りの虎――」

というような人寄せ文句を、ふしづけて呶鳴っていた。

銭を抛って、又八は中へとびこんだ。そして、いささかほっとしながらどこに虎がいるのかと見廻してみると、正面に戸板を二、三枚並べ、それへ洗濯物でも貼りつけてあるように、一枚の虎の皮が貼りつけてあった。

十

死んだ虎を見せられても、見物は、神妙に眺め入って、これは生きていないじゃないかと、腹を立てる者はなかった。

「これが虎かいな」

「大きなものやなあ」

感心して、入口から出口の木戸へ入れ代ってゆく。

又八は、なるべく刻を過ごそうと考えていつまでも虎の皮の前に立っていた。――すると、ふと自分の顔の前に、旅装いの老夫婦が立って、

「権叔父よ。この虎は、死んでいるのじゃろうが」

と、婆のほうがいう。

爺侍は、竹の仕切り越しに手をのばして、虎の毛に触れながら、