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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

五

「ふーッ……」

満身の毛穴が呼吸をする。ここまで来ると、心臓が口の外へ出てしまうかと思うほど苦しかった。少し登っては、すぐ休む。――そして思わず攀じのぼって来た脚下を見おろすのであった。

神苑の太古の森も、五十鈴川の白い帯水も、神路山、朝熊、前山の諸峰も、鳥羽の漁村も伊勢の大海ばらも、すべてが自分の下にあった。

「九合目だ!」

温い汗が、内ぶところからむっと顔へにおう。武蔵はふと、母の胸に首を突っ込んでいるような陶酔をおぼえた。この荒い山の肌と自分の肌との差別がつかなくなって、そのまま眠ってしまいたくなった。

ざざざと、足の拇指をかけている岩がくずれた。彼の生命がピクと脈を打って、無意識に、次の足がかりを捜す。――もう一息というところの苦しさは言語に絶したものだった。それはちょうど、斬るか斬られるか、力の互角している剣と剣との対峙に似ている。

「ここだ。寸前だ」

武蔵はまた、山を引っ掻くように、手足をすすめた。

ここでへたばるような弱い意力や体力であるとすれば、兵法者として、ゆくすえ何日か、他の兵法者のために、敗れを取るにきまっている。

「畜生」

汗が岩を濡らすのであった。