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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
奔馬
一
辻風典馬を殺したのは、殺す理由もあったし、こちらも戦あげくの血気一途でやったのである。しかし、宍戸梅軒の生命を奪っても何らの益はない。ないのみならず、この風車の因果がやがてまた、父のかたきと自分を呼んで、世に廻って来ることは怖ろしい。
さなきだに武蔵は今夜、なんだか死んだ母や父が憶い出されてならなかった。この家族たちの寝ぐさい闇に、甘い乳の香のただよっているのも羨ましくて、なんだか去るに忍びない気持すらするのであった。心のうちで、武蔵は、
(お世話になりました。……では、あしたの朝まで、ごゆっくりお寝みなさい)
そう祈りながら、静かに、雨戸を開けて、そっと閉めて、この家から先の旅へと、まだ明けぬ夜を出て行った。
奔馬
一
旅も初めのうちの数日は清新だった。脚のつかれなど苦にもならない。
ゆうべおそく、関の追分で泊った二人なのに、その二人は今朝もまた、まだ朝靄のふかいうちに、筆捨山から四軒茶屋の前へかかり、やっとその頃、自分たちの背中から昇りかけた日の出を振向いて、
「ああ、きれい――」
しばし日輪の荘厳に衝たれて足を止めていた。
お通の顔も、紅く燃えて、その一瞬は晴れ晴れしていた。