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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

五

凍てついている氷の道を踏んで、もう元日ではあるが、まだ真っ暗な天地の中へ、毛をられた寒鳥のように、悄々と出て行った。

五

髪の毛も、指の爪も、みな凍ってしまうかと思われた。ただ自分の吐く息のみが白く見え、その息もまた、口のまわりの生ぶ毛にたかるとすぐ霜に化るかと疑われるほど冷たいのである。

「寒い」

彼は思わず口に出していった。八寒の地獄といえどもかほどではあるまいに、どうしてこう寒く感じるのか――今朝に限って。

(身よりも、心がさむいせいだろう)

武蔵は、自分の問に自分で答えてみる。

そしてなお思うには、

(そもそもおれは未練者だ。ともすると、人肌を恋う嬰児のような、乳くさい感傷に恋々と心を揺すられ、孤独をさびしがり、暖かそうな人の家庭の灯が羨ましくなる。なんたるさもしい心だろう。なぜ、自分に与えられたこの孤独と漂泊に、感謝を持ち、理想を持ち、誇りを持たないか)

痛いほど凍えていた彼の足は、指先まで熱くなっていた。闇に吐く白い息も、湯気のような迫力で寒さを押し退けている。

(――理想のない漂泊者、感謝のない孤独、それは乞食の生涯だ。西行法師と乞食とのちがいは、心にそれがあるかないかの違いでしかない)