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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
「……もう死んでるらしい。まだ三十前だろうに」
と彼は思い遣った。
顎の半分ない武者修行は、太い麻縄で縛られて、血に土のまぶされた黒い顔を、無念そうにしかめたまま、その顔を横伏せにして倒れている。
縄尻はそばの巨きな石に巻きつけてあるのだった。もう「ウ」も「ス」もいい得ない死人の体をそう大仰に縛っておかないでもよさそうなものと又八はながめていたことだった。何で撲られたのか、破れた袴から変な恰好して露出している脚の脛は、肉が弾けて折れた白骨の先が飛び出していた。髪は粘って血を噴いているし、その血へは虻がたかり、手や脚にはもう蟻の群れが這っている。
「武者修行に出たからには、のぞみを抱いていたろうに。――故郷は何処か。親はあるのかないのか」
そんなことを思い遣ると、又八はいやな気持に襲われて、武者修行の一生を考えているのか、自分の身の果てを考えているのか、分らなくなってきた。
「望みをもつにも、もっと悧巧に出世する道がありそうなものだ」
と、つぶやいた。
時代は若い者の野望を煽って、「若者よ夢を持て」「若者よ起て」と未完成から完成への過渡期にあった。又八ですらその社会の空気を感じるほど、今は、裸から一国一城の主を望める時である。