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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
「あの時、たけぞうといった今夜の青二才のほかに、もう一人、若えのがいましたね」
「又八」
「そうそう、その又八ってえ方の野郎は、もぐさ屋のお甲と朱実を連れて、すぐあの晩、夜逃げしてしまった。……今頃、どうしていやがるか」
「兄貴の典馬は、お甲に迷わされていたので、一つは、あんな不覚の因になったのだ。これから先も、またいつどこで今夜のようにお甲を見かける折がないともいえねえから、てめえ達も、気をつけていてくれ」
酒がまわって来たらしく、梅軒は居坐ったまま、榾火へ向って、眠そうに首を垂れた。
「親方、横におなんなせえ」
「親方、寝たほうがいい」
武蔵が脱け出した蒲団の後へ、一同して親切にかかえ入れ、土間に落ちていた枕をひろって当てがってやると、途端に、宍戸梅軒は眼をあいている間の怨念を離れて大きな鼾をかいている。
「帰ろうぜ」
「寝ようぜ」
元は皆戦場かせぎの野武士を生業にして伊吹の辻風典馬や野洲川の辻風黄平の手下と、公らに名乗って働いていた人間たちの成れの果てなのである。時代に追われて百姓や猟師になっても、まだ人を咬む牙は決して抜かれていない。どこか鋭い眼を備えたのが、やがて、ぞろぞろと鍛冶小屋から霜の夜更けへ散って行った。