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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

六

「甲賀谷の方へ?」

「そうです、だが、甲賀谷へ抜けようが、土山を越えて水口へ出ようが、石部の宿場まで行きゃあ道はみな一つになるから、早く野洲川で手配しておけば、野郎はきっと捕まるはずだ」

遠方からのそういう声を、耳の裏で聞きながら、梅軒の眼は、眼の光で縛りつけているように、自分の前に立ち竦んでいるお通を睨みつづけていた。

「おウいっ、てめえ達も、ちょっとここへ降りて来い」

「降りて行くんですか」

「はやく来い」

「でも、愚図愚図しているうちに、武蔵のやつが、野洲川を通ってしまうと」

「いいから、降りて来い」

「へい」

梅軒と共にゆうべ無駄骨を折った彼の手輩なのである。山歩きには馴れきっているとみえ、猪のように真っ直に傾斜を駈け下りて来て、お通の姿に、そこで初めて気づいたらしく眼を見あわせた。

梅軒は早口にわけを話して、三人の手したにお通をあずけ、後から野洲川へ曳ッぱって来るように命じた。手下どもは合点して、お通のからだへ縄をまわしたが、縛るには痛々しい気もするらしく、頻りと、彼女のうつ向いている蒼白な横顔を、さもしい眼で偸み見ている。

「いいか、てめえ達も、おくれちゃならねえぞ」