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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

――おやすみ」

「だいじょうぶでしょうか」

「山猿ではない、どこかの飼猿が逃げて来たのじゃろ、なに心配があるものか。――夜具はそれで寒くはないか」

「……いいえ」

「寝たがよい、寝たがよい、風邪は静かに寝ていさえすれば、なおる」

鍋へ、粉を入れ、水を入れ、そしてぐるぐる箸の先で掻きまわす。

欠け七輪に、炭火はかっかっとおこっている。鍋をかけておいて、その間に、丹左は葱を刻みはじめた。

まな板は、この御堂にあった古机、庖丁は小柄の錆びたものらしい。刻んだ葱は、手も洗わずに木皿へうつし、その後を拭けばそのまま、次には膳にかわるのである。

クツクツと鍋の湯の沸る音が、だんだんこの中を暖めて来た。枯れ木のような膝をかかえ込み、丹左の飢えた眼が、湯の泡を見ていた。人間の至楽はこの鍋の中に尽きるといわないばかりに、その煮えるのが楽しみらしく見える。

いつもの晩のように、清水寺のほうで鐘が聞える。もう寒行はすんで初春もちかいが、師走が押しつまると、人の心の患いが多いとみえ、夜もすがら鰐口をふる音だの、お籠りをする者の詠歌のあわれな声が絶えない。

(……わしは、わし自身の科をうけ、こうして、罪障の償いをしているようなものだが、城太郎はどうしているかなあ? ……。