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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
七
惜しむように、小次郎は、
「ちょっと見て参るから、あなたはそこで待っていて下さい」
犬の声を目あてに、小次郎は駈けて行った。――見ると、七間四面の古びた阿弥陀堂の縁がわへ、狩犬は駈け上がっているのだった。そして、破れ果てた窓口の蔀へ向って、吠えては飛びかかり、躍っては転げ落ちたりして、そのあたりの丹塗の柱や壁ぶちを、めちゃめちゃに爪で掻きたてているではないか。
七
なにを嗅ぎつけてこう吠えついているのだろうか。小次郎は、猟犬の飛びかかっている窓とはべつな入口へ立った。
御堂の格子扉へ、彼は顔をよせてみた。中は漆壺をのぞくようでなにも見えない。ガラリッと、彼の手から扉を引く音がひびくと、犬は、尾を振って、小次郎の足もとへ跳って来た。
「――叱っ」
蹴とばしたが、犬は、気が立っていて、怯みもしない。
彼が御堂の中へ入ると、さッと、袂をくぐって、先へ駈けこんで行った。
と――すぐに。
小次郎の耳へつんざいて来たのは、思いもうけてもいなかった女の叫びである。それも凡々ならぬ驚きかたであって、精いっぱいの金切り声が、いきり立つ犬の声と、途端に、すさまじい闘いを捲き起し、御堂の梁もために裂けるかのように、人獣ふたいろの音響が、ぐわんぐわんと籠って鳴る。