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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
「やっ?」
小次郎は、駈け寄った。その一瞬に、犬の猛っている目標のなんであったかも分ったし、また、必死に声をもって拒闘している女性のすがたも眼に映った。
紙衣蚊帳をかぶって、朱実は今も寝ていたのである。そこへ、猟犬の眼に見つけられた小猿が、窓から飛びこんで来て彼女のうしろへ隠れた。
犬は、小猿を追いつめて来て、朱実へ咬みつきそうにした。
――きゃッ。
と朱実が仰向けに転んだのと、もっと強い獣の悲鳴が、小次郎の足の先から発したのと、殆ど一緒で、間髪の差もなかった。
「――痛いッ、痛いッ」
泣くように、朱実はもがいた。犬の口は、大きく開いて、彼女の左の二の腕を咥えていた。
「くッ、これかッ」
小次郎が、二度目の足で、また犬の脾腹を蹴とばした。けれども、犬は彼の初めの一蹴りでもう死んでいたのであって、さらにまた蹴っても、朱実の腕をくわえている大きな口は離れなかった。
「――離してっ、離してえっ」
もがいている彼女の体の下から、小猿がぴょいと飛び出した。小次郎は、犬の上顎と下顎へ両の手をかけて、
「こいつめ」
ばりっと、膠を剥ぐような音がした。犬の顔は、もう少しで二つになるところでぶらついていた。