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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

「河原へ」

「あ、河原へ。――なにしに降りて行ったのだろう」

ふたりは、姿をそろえて、橋の袂へすぐ駈けて行った。

吉岡方で建てたそこの高札には、もう往来の者の首がたかっていた。声を出して読みあげている者がある。また、聞きつけない宮本武蔵という者を、何者であろうと、辺りの人々に訊ねている者がある。

「ア、ごめん」

城太郎は、その人々の体をかすめて、橋の欄から河原の下をのぞいた。

お通も武蔵のすがたを、すぐその下に見られるものとばかり思っていた。

実に、わずかな間であったが、武蔵はもうその辺にいなかったのである。

では何処に?

――というと、武蔵はたった今、朱実の手を振りきって、無理に彼女を追い返すと、もう本位田又八をこの橋上に待っていたところで来るはずもないし――吉岡方から掲示した高札の表も読んだし――ほかに待つべき用事もないので、ヒラリと堤を降りて、橋杭のそばの苫舟へ駈け寄っていた。

苫の下には、お杉隠居が、舟桁に身をしばられて先刻からもがいていたのである。

「おばば、残念だが、又八は来ないぞ。――わしもぜひそのうちにゆき会って、あの気の弱い男を励ましてくれるつもりだが、ばばも探し出して、親子、達者でお暮らしゃれ、――そのほうが、この武蔵の首を狙ったりすることより、どんなに、御先祖孝行かしれぬぞ」