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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
「元より、皮じゃもの、死んでおるわさ」
「木戸で呼ばわっている男は、さも生きているようにいうたがの」
「これも、幻術の一つじゃろて」
爺侍は苦笑していたが、婆のほうは、忌々しげに、萎んでいる唇を振り向けて、
「やくたいもない、幻術なら幻術と看板にあげておいたがよい。死んだ虎を見るくらいなら絵を見るわさ。木戸へ去んで、銭をかやせというて来う」
「婆、婆。人が笑うぞよ、そんなこと、喚かんでもええ」
「なんの、見栄がいろう、おぬしいうが嫌ならわしがいう」
見物の者を押し分けて、戻りかかると、あっ――とその人混みの中に肩を沈めた者がある。
権叔父と呼ばれた爺侍が、
「やっ、又八っ」
と、呶鳴った。
お杉隠居は、眼がわるいので、
「な、なんじゃ、権叔父」
「見えなんだかよ、婆のすぐうしろに、又八めが立っておったぞ」
「げっ、ほんまか」
「逃げたっ」
「どっちゃへ?」
二人は、木戸の外へ転び出した。
もう空地の雑沓は暮色につつまれていた。又八は、幾たびも人にぶつかった。そのたびに、くるくる舞して、後も見ずに、町中のほうへ逃げてゆく。
「待て、待て、伜っ」
振りかえってみると、母親のお杉は、まるで狂気のようになって追って来るのだった。