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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

無常

一

爪で引っ掻かれて血になった左の手の甲を抑えながら――

すると同時に、ぐわらっと突き破るように障子を開けて、朱実が外へ走って行った。

「あっ! ……」

清十郎は身伸びをして、手拭で巻いた手を抑えながら、見送ってしまった。――捕まえる間もなかったのである。まるで、発狂したような迅さと取乱した彼女の姿であった。

「…………」

ちょっと、不安そうな眼をしたが、清十郎は、追って行かなかった。――どこへゆくかと見ていた朱実の影がやはり旅舎のうちの一間へ、庭のほうから入ってかくれ込んだ様子なので、ほっとするとともに、或る満足感を皮膚の下へたたえて、薄い笑いをその顔に歪めていた。

無常

一

「これよ、権叔父」

「おい、なんじゃあ」

「おぬし、くたびれぬかよ」

「いささか気懶うなっておる」

「そうじゃろが、この婆もちと、きょうは歩行い飽いた。したが、さすがに住吉の社、見事な結構ではある。……ホホ、これが若宮八幡の秘木とかいう橘の樹かいの」

「そうとみえる」

「神功皇后さまが、三韓へご渡海なされた折に、八十艘の貢ぎ物のうちの第一のみつぎ物がこれじゃといういい伝えじゃが」

「婆よ、あの神馬小屋にいる馬は、よい馬ぞよ。