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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
三
よほどこんな殺人に馴れているのか、また一気に憤りを爆発させて後の涼しさに落着いているのか、とにかく、あわてて逃げ出す様子もなく、見廻りの足で踏みにじられた写図の断片と、そこらに散らばっている反古をひろい集め、次に、相手を投げる途端に紐が切れて飛んで行った編笠を、静かな目で捜している。
「…………」
又八は、凄惨な気に打たれていた。恐ろしい力量を見て自分の毛穴までよだっている。――見るところ武者修行はまだ三十に届くまい。陽焦けのした骨太の顔に薄あばたがあり、耳の下から顎にかけて四半分ほど顔がない。ないというのはおかしいが、太刀で斬られた痕の肉が変に縮んでしまったのかも知れない。その耳の裏にも黒い刀痕があり、左の手の甲にも刀傷がある。なお肌着を脱いだら幾つでも同様な刀傷が出て来そうな――見るからに近寄りがたい猛気をその顔はそなえていた。
三
笠を拾って、怪異なその顔へかむると、武者修行はさっと足を速めた。風のように彼方へ向って逃げ出したのである。勿論、そこまでの行動は極めて短い間だった。蟻のように労働している何百という石曳きも、鞭や十手を持って、そのあぶら汗を叱咤している監督も、誰も気づく遑がなかったほどに――