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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
だがそれは他愛のない武蔵の空想だった。彼自身、今や一つの道へ入りかけているだけに、いかに人間があるところへ到達しようとする道の永遠で至難なものであるかを、事ごとに知り初めていたのである。――それだけに、
(沢庵ほどには)
と、空想の腰が折れる。
まして、遂に会わなかったけれど、柳生谷の剣宗石舟斎あたりの高さを思いくらべると、口惜しくても、悲しくても、自分などのまだ青ッぽいことが余りにもわかってくるのだった。兵法だの、道だのと、口にするのも気恥かしくなって、くだらない人間ばかりに見えた世間が、急に広くなり恐ろしくなり、そして遽に、
(今から小理窟は早い、剣は理窟じゃない、人生も論議じゃない、やることだ、実践だ)
驀しぐらに武蔵は山沢へ入りこむ。彼が山の中に籠ってどういう生活をやっているか、それは彼が山から里へ出て来るすがたを見るとほぼ察しがつく。
そんな時彼の面は鹿みたいに頬が削げている。五体のあらゆるところに、摺り傷だの打ち傷を作っていた。滝に打たれるので油けのなくなった髪はパサパサに縮れ、土の上に眠るので歯だけが不思議な白さを持っていた。そして人間の住む里へ向って、おそろしく傲岸な信念を燃やしながら、相手とするに足る者を捜しに降りて来るのだった。