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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

自分の汗で幾たびも滑りかける程になる。武蔵の体は、一朶の雲みたいに、濛々と汗にけむっていた。

「石舟斎め」

呪文のようにいいつづける。

「――日観め、沢庵坊め」

一足一足、彼は日頃自分より高い人間であると思っている者の頭を踏み越すつもりで踏みのぼって行った。山と彼とはもう二つの物ではない。こういう人間にしがみつかれたことを山霊も驚いているにちがいない。――突然、大砂利や砂を飛ばして、ぴゅうっと、山がうなった。

手で口を塞がれたように、武蔵は息が止まった。岩につかまっていても体をズズズと持って行かれそうな風圧をおぼえた。……しばらく目をつぶったままじっと俯ッ伏していたのである。

しかし、彼の心には、凱歌がみちていた。俯ッ伏したせつなに、十方無限の天空を見たのである。しかも、うッすらと夜の白みかけた雲の海には、曙色が映していた。

「かッ、克った!」

頂上を踏んだと思う途端に、彼は意志の弦もぷつんと切れたように倒れてしまったのだ。山顛の風はたえまもなく彼の背へ小石を浴びせた。

――そうして刻々、無我無性のさかいに俯ッ伏しているうちに、武蔵は何ともいえない快感に全身がかるくなって来るのを覚えた。