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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

彼が隠れるとしばらくして後、女房が来て枕を取り換えて行った。女房もその時はふくれ顔を改めて、

「良人のひとも、えろう酔うたし、旅づかれもあろうほどに、あしたの朝は寝坊するというておりますでの、あなたも悠々と眠って、朝立ちには、暖かい御飯など食べて行きなされ」

といってくれる。

「は。……どうも」

武蔵はそれしかいえなかった。草鞋を解いて上衣を脱る間さえもどかしいほど酔いが廻っていた。

「では、ご厄介になります」

いうや否、今までここの内儀と嬰ン坊の添寝していた夜具の中へもぐりこんだ。夜具の中には、母子の温みがまだあった。武蔵の体はしかしそれよりも熱かった。奥との境に立って、その様子をじっと眺めていた女房は、

「……おやすみ」

静かにいって、燈火を吹き消して行った。

しいんと頭のはちを鉄の輪でしめつけられるような悪酔がのぼって来る。こめかみの脈がずきずきと聞えるほど高く搏つ。

はてな、どうしておれは今夜に限って、こう量を超えて飲んでしまったのか? ――武蔵は苦しいので軽い悔いを胸先へ呼びおこした。――梅軒がしきりとすすめたからではないかと思う。だが、あの人を人とも思わない梅軒が急に酒を買い足したり、あの無愛想な女房がやさしくなったり、ここの暖かい寝場所を譲ってくれたり――何で急に態度が打って変ったのか?