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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

今の世の中ほど浮浪人が多い社会はない。それは何が生んだかといえば、戦だった。戦によってぐんぐん地位を占めてゆく者も多い代りに、芥のように捨てられてゆく人間の数も実に夥しい。これが次の文化の手枷、足枷となるのもやむを得ない自然の因果といえよう。そういう浮浪の徒が、国宝の塔を焚火で焼く数よりは、戦が、意識しつつ、高野や叡山や皇都の物を焼いたほうが、遥かに大きな地域であった。

「……ほ。洒落たものがあるぞ」

又八はふと横を見てつぶやいた。ここの炉も床の間も、改めて見直せば、元は茶屋にでも使っていたらしい閑雅な造りなのである。そこの小床の棚に、彼の眼をひいた物がある。

高価な花瓶や香炉などではない。口の欠けた徳利と、黒い鍋だった。鍋には食べ残した雑炊がまだ半分残っているし、徳利は振ってみると、ごぼっと音がして、欠けた口から酒がにおう。

「ありがたい」

こういう場合、人間の胃は、他の所有権を考えている遑はない。徳利の濁り酒をのみ、鍋を空にして、又八は、

「ああ、腹が満った」

ごろんと手枕になる。

トロトロと炉の火もとに眠りかける。雨のように野は虫の音に更けてゆく。