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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
三
武蔵の大きな足痕を、お杉婆は後から見た。
足痕さえ憎かった。
もう橋の袂までは、一町か、半町。
「――武蔵っ!」
お杉はさけんだ。喉の痰を切ったような声である。両手に拳をこしらえて、首を前へ突き出しながら駈け寄って行った。
三
「そこへ行く人非人よッ、耳は持たぬのかっ」
当然、武蔵にそれが聞えていないわけはない。
老いさらぼうた老婆とはいえ、死を覚悟した跫音もすさまじい。
背を向けたまま、武蔵は歩いていたが、
(はて、困ったもの)
どうしたものかの思案が咄嗟に出なかったのである。
その間に、
「やれ、お待ちやれ」
婆は、武蔵の前へ廻った。
前へ廻ってからお杉婆は、尖った肩や薄い肋骨を波のように喘がせて、喘息でも起った時のように、しばらく、口に唾を溜めて息を休ませているのだった。
やむを得ない顔して、武蔵も遂にことばをかけた。
「おお、本位田のおばば殿か、めずらしいところで」
「ても、厚顔ましい。めずらしやとは、わしの方でいうことば。清水の三年坂では、まんまと、討ち洩らしたが、きょうこそ、その素首は、この婆がもろうたぞ」
軍鶏のように細ッこい皺首が、背の高い武蔵へ向って伸び上がっていうのだった。