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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
五
「ふッっ!」
と、頬に溜めていた息を鳴らした。
「あっ……」
武蔵は、婆の体を突き放し、片手を左の眼に当てて飛びのいた。
五
ひとみが何かで焼かれたように熱かった。火の塵でも入ったように痛むのである。
武蔵は、瞼の上を押えていた手を放してみた。手には血しおもついていない。――しかし、左の眼は、開くことも出来なかった。
お杉は、相手の身体にそうした乱れを見つけると、ひどく勝ち誇って、
「南無、かんぜおん菩薩」
と、隙かさず、ふた太刀、三太刀斬りつけて行った。
いささか慌て気味に、武蔵は身を避けて斜めに反った。その時、お杉の太刀が彼の袖裏を透して、二の腕の肱の辺をさっと掠めた。綻びた袂の白い裏地へ血しおが朱く滲んで見えた。
「討ったッ」
狂喜しながら、婆は小太刀をやたらに打ち揮った。根の生えている大木の幹でも伐っているようなつもりで、相手が活動しないでいることは考慮に入れないのである。一念にただ清水寺の観世音菩薩の名を地へ呼び下して、
「南無、南無」
と、うるさく唱えながら、武蔵の前後を駈け廻るのであった。
武蔵は、それに応じて、ただ体を移しているだけだった。