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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
「では、ひとつ家に住んでいる者だったか」
「住んでいるといっても……べつに、なんでもないんですけど」
朱実は言葉を強めていう。
武蔵はべつに、なんでもあるような意味に訊いているわけではない。それを朱実は、ひとりでべつな意味にはきちがえているのだった。
「――なるほど、では詳しいことは知るまいが、あの者の姓名ぐらいは聞いておろうが」
「ええ……岸柳とも呼び、本名は佐々木小次郎とかいいました」
「岸柳」
これは初耳ではない、有名というほどではなくても、諸国の兵法者のあいだには相当知られている名である。もちろん実際の人間を見るのは今が初めてであるが、武蔵が聞き及んでいたり、また想像していた佐々木岸柳は、もっと年配の男のように考えていたのに、その案外にも若いのには彼は思いのほかな心地がした。
(……あれが、噂の)
改めて、その小次郎へ武蔵が眼を向けた時である。朱実と武蔵とがそうして囁いている様子を白い眼で見ながら、小次郎の頬へにたと笑靨が泛いた。
――武蔵もまた微笑を送った。
だが、この無言の雄弁は、釈尊と阿難が指に華を拈じながら微笑んだような平和な光も謎もない。