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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

「そんな卑怯なまね、するもんか。お互いに、思い違いで喧嘩しちゃ、つまらないからさ」

「では、お通阿女のそばへ行ってこういうて来う――本位田の隠居はの、旅先で、河原の権叔父とも死に分れ、白骨を腰に負うて、老い先ない身をこうして旅にまかせているが、今では、むかしと違うて、気も萎えた。一時は、お通の心も恨みと思うたが、今ではさらさらそんな気もない。……武蔵には知らぬこと、お通阿女は今も嫁のように思うているのじゃ。元の縁へ返ってくれとはいわぬが、せめては、このばばの過ぎ越し方の愚痴や、この先の相談事でも聞いておくれる気はないか。このばばを、あわれな者とは思っておくれぬかと……」

「おばば、そんなに文句が長いと、覚えきれないよ」

「それだけでよい」

「じゃ、離しておくれ」

「よう、いうのじゃぞ」

「わかった」

城太郎は、お通のそばへ、駈けて行った。そして、隠居のことばをそのまま、彼女に伝えているらしかった。

「…………」

お杉隠居は、わざと見ない振りをして、河原の岩に腰を下ろした。汀の浅瀬に、小さな魚の群れが、のどかな魚紋を描いている。

(来るか? 来ないか?)

と、お通の様子を、隠居は、その魚の影より迅い光で、横目に注意していた。