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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
……だから先刻、いわないこッちゃないんだ」
「わたしはお馬鹿ね」
お杉隠居は、すぐ後から来て、二人の間へ入ってしまった。隠居のことばを信じぬいているにしても、お通は、この老婆の側では、武蔵のうわさは、おくびに出しても悪いような気がして、自然に口をつぐんでしまう。
和やかに肩をならべて歩いても、お杉隠居の針のように細い眼は、絶えずお通へ油断のない光を配っていた。今では、姑とよぶ人でないまでも、お通は、窮屈な感じに身を締められた。――しかし、それ以上の複雑な老婆の狡智と、自分の前に横たわりかけている危ない運命を観ぬくことは出来ないらしい。
以前の五条大橋の畔まで戻ってくると、ここはもう元日の織るが如き人通りとなっていて、陽もうらうらと柳や梅の上に高い。
「武蔵、はてな」
「――武蔵などという兵法者がいるかしらて」
「聞いたこともないが」
「だが、吉岡を相手に、この通り、晴がましい試合をする程だから、相当な兵法者には違いない」
高札の前は、明け方にまさる人だかりだった。
お通は、ぎくとして、立ち竦んだ。
お杉隠居も、城太郎もそれをながめていた。魚の渦のように、群衆は武蔵武蔵という囁きをのこしながら、去っては来、来ては流れ去ってゆく。