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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
又八もそこへ来てそういう態をしている武者修行があろうとあるまいと、もとより自分に何の交渉があるわけではないし、頭や胸も依然として不快なので、時折、胃から生唾を吐きながら、背を向けて休んでいた。
――と。その苦しげな息を耳にとめたのだろう。編笠がうごいて、
「石曳き」
と、声をかけ、
「どういたした?」
「へい……暑さ中りで」
「苦しいのか」
「少し落ちつきましたが……まだこう吐きそうなんで」
「薬をやろう」
印籠を割って、黒い粒を掌へうつし、起って来て又八の口へ入れてくれた。
「すぐ癒る」
「ありがとう存じます」
「にがいか」
「そんなでもございません」
「まだ、貴様はそこで、仕事を休んでおるのか」
「へ……」
「誰か参ったら、ちょっとおれの方へ声をかけてくれ、小石で合図をしてくれてもいい、頼むぞ」
武者修行は、そういって、前の位置に坐りこむと、今度はすぐ矢立から筆を取り出し、半紙綴の懐中手帖を石の上にひろげて、ものを書くことに没頭しはじめた。
笠のつば越しに、彼の眼のやりばが、間断なく城へ向ったり、城の外のほうへ行ったり、また城のうしろの山の線や、河川の位置や、天守などへ、転々とうごいてゆくところを見ると、その筆の先は、伏見城の地理と廓外廓内の眼づもりを、絵図に写っているにちがいなかった。