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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
武蔵はいよいよ狼狽して、見栄もなく、奪られた笠を捨てたまま逃げ出した。
女たちの笑い声が、並木の空をどこまでも尾いて来るような気がした。武蔵はあの白い手の群れに掻き荒された血が容易に鎮まらないで困った。
彼も女性というものに決して無感覚ではいられない。彼は永い旅のあいだに、何処でもそういう困る目に遭った。ある夜は、そのために、寝ぐるしくなることさえあった。白粉のにおいを思って暴れる血を縊めころすように抑えて眠る努力は、剣の前に見る敵とはちがって彼も、どうすることもできないのである。この性の心焔が体じゅうを焼いて、寝がえりばかり打って明かす夜には、お通のおもかげさえ醜い欲情の対象に、想い出してみるほどだった。
――倖いにも、彼は今、片方の脚が痛かった。少し無理に駈けたので、その脚は、まるで熔鉄の中へ踏みこんだように、かっかと熱を持って、一歩ごとに、激痛が足の裏から眼へ突き抜けて来る。
こう痛むのは、覚悟の前で出て来たことである。風呂敷づつみのように大きく縛った片足は、持ち上げるたびに、全身の力を要した。――そのため紅い唇や、蜂蜜のように粘る手や、甘酢い髪の毛のにおいやらが、すぐ頭から去って、彼は、常の彼の身に回っていた。